2012年3月21日水曜日

『三国志演義』の中で劉備が曹操に追われている時に逃げ込んだ家で劉備に持て成す...

『三国志演義』の中で劉備が曹操に追われている時に逃げ込んだ家で劉備に持て成す食料がないとのことで、その家の主人が妻を殺害しその肉を差し出す。

それに感動した劉備はその家の主人をその後高官にした(もしくはその家の主人の息子を養子:劉封にした)と描かれている。



中国の説話などで「自分の妻や息子の肉を食べさせる」ような記述をよく見かけます。



斉の桓公に時代に 料理人で 自分の子供を鍋料理にして食べさせた話などもあります。



これは“身を挺して相手に尽くす”というような意味合いなのでしょうか?



中国の儒教の文化の影響でしょうか?



中国人がこのような行為を行うまでに至った理由を知りたいです。







http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%89%E5%82%99







その記述は本当にグロテスクな寒気まで覚えましたね。漢民族が多数を占める大陸では食糧難から食人の風習は近年まで続いておりました。儒教の影響では無く、後からの理由付け、こじつけととらえるのが正しいのではないでしょうか。最近では、文化大革命によって惹き起こされた大飢饉の際、流石に自分の子は食べられないと、子供を交換して食べたとの報告も聞き及んでおります。ソビエト革命後の大飢饉でも食人の報告が数多くされております。








単なる食習慣です。



日本は、仏教の影響が強く、肉食の習慣がすたれたが、肉食文化圏では、珍しい事ではありません。



日本でも最近、大した理由も無く、他人を殺傷する事件が多く発生しています。



肉食が習慣化してきたことと、無関係ではないと思う。







中国人はイスとテーブル以外なんでも食べます。



人肉を食べる習慣は今でも続いています。



中国人にとっては人肉も「食材」のひとつであり牛、豚、鳥とかわりません。



水滸伝の中には復讐のために相手の腹を引き裂き

内臓はスープにしてモモ肉は焼いて食べたと書いてあります。



儒教と関係なく人肉食文化が定着してしまっているのではないでしょうか。







意味合いが違うと思うが、さて。



斉の桓公のエピソードは、料理人が桓公に取り入るための行為だったと思っていたが・・・



中国の説話は、ある意味人命を軽視しているからな。



中国文化における死生観は、現代日本人では理解が難しいだろう。







中国は昔から「石以外は何でも食する」民族だよ?



清の時代でも人喰マーケットが存在したし

(朝鮮などまで含め)そういう文化圏だから・・・







西安に代表されるように中国の古い都市は城壁都市。

敵に攻められると市民もろとも篭城する。

食い物の無くなった市民は共食い。

嫁が食べられそうになった姑の身代わりになったとかいう話が美談として語られるが、

人食い人種の価値に基づく美談など意味が無い。

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